“もう1本”のドリンクと引き換えに命を落とす・・・模倣犯も複数確認された【未解決事件】「パラコート連続毒殺事件」の犯人像を推理する
世間を騒がせた事件・事故の歴史
■被害の全体像と死亡者
警察は徹底的な捜査を進めたが、犯人は最後まで特定されなかった。自販機の数が多く、犯行が広範囲にわたっているため、とてもすべてをフォローしきれない現実があった。また、当時は防犯カメラが普及しておらず、事件後に犯人の姿を確認することができなかった。そこは現在との大きな違いだろう。
京都府福知山市で発生した1件については、一連の事件を模倣した自殺とみられており、除外されることが多いため、「パラコート連続毒殺事件」にカウントされる犯行は一般的には計13件である。また、9月下旬に東京都内で起きた2件の事件では、「石灰硫黄合剤」という別の毒物が使われており、模倣犯によるものと考えられる。
なぜ被害者たちは毒入りドリンクを口にしたのか? 被害者の中には、適切な判断ができない状況にあった人が含まれていた可能性も否定できない。ただし、すべての被害者がそうしたケースに当てはまるとは考えにくい。多くは、事件の情報にたどり着けなかった人、あるいは報道を知っていながら「まさか自分が被害に遭うとは思わなかった」人々だったのではないか。もともと危機管理意識が低く、注意書きや警告を軽視しがちな人もいたかもしれない。こうした分析を重ねると、つい「飲んだ側にも非がある」といった自己責任論に傾きがちになる。だが、忘れてはならないのは、これは何がどうあろうと無慈悲な殺人事件であり、許されないのはドリンクに毒を仕込んで放置した犯人であるという事実だ。
■犯人像に関する仮説
最後に、「パラコート連続毒殺事件」の犯人像について焦点をあててみたい。本稿では、ひとりの人物、あるいは協力関係にある複数犯による連続犯行を前提とする。ただし、一部に模倣犯や便乗犯が混在していた可能性も高く、以下の推論はそうした複合的な状況を踏まえたものである。
●無差別殺人による混乱を目的とした人物
“誰かを殺す”ことは手段であり、それによって社会に混乱をもたらすことを目的としていた可能性は高い。
●殺人そのものを目的とした人物
通常であれば、こうした犯行を重ねれば重ねるほど逮捕リスクが高まり、継続は困難になる。それでも広範囲にわたって執拗に繰り返されたことから、快楽殺人者、または社会や特定の層への復讐として“無差別に人を殺す”ことを目的とした人物である可能性もある。
●宗教、過激な思想、妄想的信念を背景とした人物
主張文や声明文が存在せず、犯行にイデオロギー的な痕跡が一切確認されていない。ただし、反社会的な宗教の関係者、過激な思想や陰謀論的な妄想を抱いた者、あるいは清涼飲料水そのものや大量消費社会に対して強い嫌悪を持つ人物による“無言のテロ”である可能性も残される。
●農薬に詳しい人物
パラコートは当時、比較的容易に入手可能な除草剤だった。ただし、その毒性や扱いには一定の知識が必要なため、農業従事者やその関係者、医療関係者、あるいは化学系の業界・教育分野の出身者など、薬品や毒物に関する知識を有する人物も想定される。
●各地を移動する仕事をしている人物
単独犯であった場合、毒入りドリンクを放置することだけを目的に全国をまわるのは、かなりの手間、時間、費用がかかる。しかし、業務として各地を転々とする人物であれば、比較的容易に犯行を実行できたと考えられる。
●目的を共有した複数の人物
犯行が13件と多く、広範囲に及ぶことから、同じグループの複数の人物が分担して実行した可能性も考えられる。
一方で、以下のような犯人像は、可能性として低いと考えられる。
●自己承認欲求を満たしたい人物
一連の事件の犯人は「匿名性」を徹底しており、自己を他者に認識させようとする意思が見られない。殺害によって内的な満足を得ていた可能性は否定できないが、それを誰かに評価されたり、承認されたりすることを望んだ痕跡はない。
●パラコートによる毒殺の実験を試みた人物
たとえば、別の犯罪のための“予行”や、致死性の実証を目的とした犯行という仮説もゼロではない。しかし、それにしては犯行件数が13件と多く、試行のレベルを超えている。
●いたずらのつもりだった人物
パラコートは少量で致死に至る劇物であり、使用者がその毒性を知らなかったとは考えにくい。件数が多いことも併せて「人が死ぬとは思わなかった」という弁解は成立しにくい。
●企業への報復や経済目的を持った人物
混入された飲料のメーカーは統一されておらず、特定企業を標的にした形跡もない。このため、報復や嫌がらせといった動機は考えにくい。また、同じ理由で株価下落を利用した投機的犯行という見方も現実的とは言えない。
上記の推理は、“すべての事件が無関係な複数の犯人による偶発的な犯行”だったと仮定した場合には成立しない。しかし、各地での事例に共通点や手口の一貫性が見られることから、単独犯または連携した複数犯による計画的な連続犯行以外の可能性は低いのではないだろうか。
■事件が残した社会的爪痕
この事件をきっかけに、清涼飲料水メーカーは容器の封印構造の改良をそれまで以上に急ぎ、農薬販売の規制も強化された。しかし、真犯人が逮捕されることはなく、2005年、全件で公訴時効が成立。その後も事件は未解決のまま、人々の記憶から遠ざかりつつある。
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